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  • 学習し始めた企業責任者
    社会システムの開発遅延、障害などで世間を騒がせました。もっとも大きな失敗は、そのときの責任者の対応の拙さです。失敗を隠す。うそをつく。同じ過ちを学習しない。

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2016.08.30

石臼塚

石臼塚

お蕎麦の石臼は、そば粉を挽くことに使われます。
おそば屋さんの店先などに置かれていたり、そば挽きしているのを、たまに見ることもあります。

宝仙寺の石臼塚

明王山 聖無動院 宝仙寺
住所:中野区中央2-33-3

宝仙寺山門
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宝仙寺の石臼塚
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石臼塚由来
中野区と新宿区との間を流れる神田川には江戸時代から水車が設けられて、そば粉を挽くことに使われていた。
そばの一大消費地となった江戸・東京に向けて玄そばが全国から中野に集められ製粉の一大拠点となり、中野から東京中のそば店に供給されたため、中野そばとまで言われるようになった。
その後、機械化により使われなくなった石臼は道端に放置され見向かれなくなっていった。
それを見て当山、宝仙寺第50世住職富田敦純大僧正(宝仙学園創立者)が人の食のために貢献した石臼を大切に供養すべきであるとして、境内に「石臼塚」を立て供養した。
中野区商店街連合会・中野法人会



小金井神社 
祭神:菅原道真公
住所:小金井市中町4-7-2

小金井神社社殿
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石臼塚
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石臼塚の由来
「石臼は遠い昔、石器時代から我々に欠くことの出来ない生活の道具として親しまれて何千年となく使われてきた石臼も時により場所により変化を見せてきたが、この大戦後の生活様式の急変はついに顧みられないものとなり、いつとはなしに一つ二つ姿を消すありさまに、心ある人々はこの里に残る全てを集めて塚を造り、感謝をこめて、人と臼との久遠の別れとするものなり。
昭和48年6月吉日」

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